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2015-02-02 22:15 | カテゴリ:おでかけ(日本)
約1年ぶりに、香凛の手足の病院へ。
内反足用の靴の中敷きがだいぶ小さくなったので、作り直しも兼ねて。
装具屋さんが木曜日しか病院にいらっしゃらないので、幼稚園と学校を休んで行きました。
病院は一日がかりなのでいつも大変ですが…
それでも、1年に一度の経過観察で済んでいることは、私にとっては大きな喜びです!!

今、小学校で、「自分の生い立ち」をテーマの勉強をしているらしく、生まれてから現在までの出来事を親にインタビューしたり、写真を持って行ったりしているのですが、改めて香凛のアルバムを見たり、出来事を整理していると、生まれてから幼稚園入園まで、本当に大変だったなぁ・・・と。
生後1週間後から通院が始まり、3歳までに3度の手術と入院。
当時は千葉に住んでいたので、往復6時間かけて多いときは週2度の通院。母親初心者で、新生児を連れて電車での通院は、ものすごく不安で大変でした。

一番大変だったのは、先天性股関節脱臼の手術の時でした。
久しぶりのb表イン22

半年間足を開脚する装具をつけて生活した後に、手術。そして手術後は腰から下のギブスで、起き上がることも寝返りをうつことも出来ない状態で自宅看護2か月・・・。
あまりにも大変すぎて、この頃の記憶があまりありませんwwww
オムツも出来なくて、ギブスに空いた穴にオムツを詰め込み、そこから基本は垂れ流しでした。
実家の助けがなかったら、きっと乗り切れなかったと思います。
週に一度、通院する時も、母に車で連れて行ってもらい、ベビーカーにも乗せられないので、病院では横抱っこ。これがものすごく重い。母と二人でこの時期は腰痛に苦しみました。母と協力してお風呂で髪の毛を洗ってあげたり、着替えをさせたり。
一度、香凛がお腹を下して、ギブスの中が下痢だらけになった時は、ほんと、泣きそうになりました凹
今だから笑い話に出来るけどwww
でも、一番大変だったのは香凛です。
一番好奇心旺盛で動きたい盛りの時に、天井しか見れない状態で数か月。
そんな状態でも、香凛はあまり愚図ったり泣いたりしていませんでした。まるで、自分の身に起こっている出来事をすべて知っていて受け入れているように、大人しく、一日中本を読んでいました。まだ文字も読めないのに、ずーっと、黙々と本を見てました。私も一日に何度も本を読んであげていました。
結果、ギブスが外れるとすぐに教えてもいない文字を書き始めたりしたので、きっとこの時期に香凛は覚えたのだと思います。そんな香凛を見ていたので、私も、泣きごとや愚痴は絶対に言わないと決めていました。それを守れたことは、私が今までの人生で一番自分を褒めてあげたい出来事です。

まあ、そんなふうに大変な時期があったけれど、
香凛が産まれた時に「ああ、どうか香凛が小学生になった時に、こんなふうになっていますように」と神様に願った、さらに上をいくほど、香凛は私の想像を超えた素晴らしい娘に成長しました。(←親ばか)
神様に、お医者様に、家族に、すべてに感謝です!!

香慧が小さい頃も、通院は大変だったけど、今はその大変さも無くて、待ち時間も大人しくゲームをしたり本を読んだりしてくれるから超楽ちん♪ ああ、嬉しいなぁ。
久しぶりに行ったら、病院も随分変わっていて受付にカフェが出来ていました!!すごーい❤
久しぶりの病院

でも、結局そこではお茶はしないで、病院内の食堂でアイスを食べて帰りました。
久しぶりの病院3

次回は4月に装具の仮合わせです。

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