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2011-07-14 04:24 | カテゴリ:日々のこと(トルコ)
ほぼ毎日更新していたブログを、ここ最近お休みしていました。
心配して、メールをくださった日本のお友達の方々、返信も出来ずに、申し訳ございませんでした。

今も、なんて書いていいのかわからないのですが、気持ちの整理をするためにも、今日久しぶりにブログを更新することにしました。

それは、本当に、本当に、突然の悲しい報せでした。

9日の夜にメールを開くと、中高時代のお友達であるTちゃんからメールが来ていました。
そこには、信じられない内容が書いてありました。
同じく、中高時代の友人であるNちゃんが、亡くなったという報せでした。
Nちゃんとは、トルコに行く、前々日に会ったばかりでした。トルコに行く私のために、壮行会をしてくれたのです。
結婚したばかりのNちゃんは、とても幸せそうに見えました。
そのときのNちゃんの笑顔が、私の記憶の中に、まだとても鮮やかに残っていて、だから、Nちゃんが死んだという内容のメールが、理解できませんでした。
動揺しながら、私はメールを送ってくれたTちゃんではなくて、Nちゃん本人の携帯に電話をかけていました。
手が震えて、うまくマウス操作が出来なくて、何度も失敗しながらパソコンのスカイプから電話をかけました。
でも、Nちゃんの携帯は留守電でした。
メールも送りました。でも、この間まで送信できたのに、なぜかメールが戻ってきてしまうのです。
パニックになって、今度はTちゃんに電話しました。時差とか考える余裕がなかったけれど、そのとき、日本は真夜中でした。でも、Tちゃんは眠れずに起きていて、私に事情を説明してくれました。
それでも、まだ、信じられなくて、Tちゃんが何を言っているのか、うまく理解できなくて・・・。
ただただ、電話の向こうから、とてつもなく大きな悲しみの波が伝わってきて、嗚咽しながらTちゃんの説明を聞きました。

それから数日間の日々の記憶が、あまりありません。
香慧の水疱瘡の看護もあるし、家事などのやることはいっぱいある。
「お通夜には出来るだけ多くのお友達にきてもらいたい」というNちゃんご両親の希望もあり、かなりの人数の同級生と連絡をとりあっている私が、訃報を知らせる連絡網を回す役を引き受けたので、それらのことをやり、供花を送る手配をして・・・
そういうことを、淡々とやっていたような気がします。
でも、私自身Nちゃんの死を信じられなくて。訃報を皆にメールしているときも、自分の感情と行動の矛盾で頭の中がぐちゃぐちゃでした。

気が付くと、毎日Nちゃんの携帯に電話していました。
もしかしたらNちゃんがいつもの調子で「ひろりん?どうしたの~?」と、電話に出てくれる気がしました。
でも、相変わらず電話は留守電で、そのたびに絶望で目の前が真っ暗になりました。

香慧の水疱瘡の看病や
日々の家事
それらをやっている時は、気持ちが少し落ち着くのですが、
家事の合間にちょっと気が緩むと、途端に景色が歪んで見えました。
特に、旦那様と二人のときは、気が緩むので、旦那様の前ではずっとずっと泣いていて、旦那様にも沢山心配をかけてしまいました。

私は、トルコに来て3日後に、Nちゃんからメールをもらっていたのです。
そこには
“色々あって大変だけど、頑張るよー”みたいな内容がかかれていました。
何があったのか、具体的な内容は書いていなかったけど、絵文字がいっぱいの軽いタッチのメールだったので、私も“まあ、人生色々悩みはあるよね”みたいに思い、「私もこっちに来てまだ3日くらいしか経っていないけど、言葉の壁もあるし、色々大変!でも頑張る!Nちゃんも頑張れー!」ってメールしたのです。

「頑張れー!」て・・・
そのとき、おそらくNちゃんは、頑張りすぎるほど頑張っていたのです。

なんで、私は「頑張れ」って言ってしまったんだろう?もっと違う言葉をかけてあげればよかった。頑張らなくてもいいことなんて、世の中にはいっぱいあるのに。逃げたっていい時だっていっぱいあるのに。
それよりも、なんでメールではなくて電話をしなかったんだろう。
電話して、彼女の悩みを聞いてあげればよかった。
彼女の孤独に、なんで気づいてあげられなかったんだろう。
もし、電話していたら、何かに気づいてあげられたら、彼女の運命は変わっていたかもしれない。
なんでだろう。
なんでだろう。

壮行会で、プレゼントしてくれたキーホルダー。
みんなでお揃いで買ってくれたそうです。
トルコに着いたその日に、新居の家の鍵をつけました。
こっちで凹むことがあったときも、それを見たら元気がでました。
それなのに、彼女は、もう居ないんです。

一昨日Tちゃんから壮行会のときに撮った写真のデータがメールで送られてきました。
Nちゃんのデジカメに保存されていたそうです。
私は、壮行会のときにカメラを忘れて写真を撮れませんでした。
でも、まあ、写真なんていつでも撮れるしと、たいして気にしませんでした。
私のアルバムには、Nちゃんと撮った写真がいっぱいあるから。
修学旅行の写真。
夏休みにNちゃんの家の別荘にみんなで合宿したときの写真。
私の結婚が決まった時にお祝い会を開いてくれたときの写真。
いっぱいいっぱい写真があります。
そして、これからも、Nちゃんと一緒の写真が増えるのだと、なんの疑いもなく思っていた。
まさか、壮行会の写真が、最後の写真になるなんて、思ってもいなかったよ。

悲しくて、
苦しくて、
気が狂ってしまいそうです。

でも
でも
私は今、生きていて
守るべき家族がいて
そしてこれからも生きていかないといけない。

今日、Nちゃんのお通夜があります。
私もトルコから、祈ります。
まだ、彼女の死を信じられないけど
私も、きっちりと彼女にお別れしなければ。
私がNちゃんを忘れることは絶対にないし、この悲しみを忘れることも絶対ないでしょう。毎日お揃いのキーホルダーを眺め、そして彼女のことを想うでしょう。
でも、私はこの悲しみを受け止めないといけないのです。
彼女の死を、受け止めないといけないのです。
彼女が出ない携帯に電話をすることも、今日で終わりにしないといけないのです。

昨日、トルコのお友達に誘っていただいて、オルタキョイに遊びに行き、
そしてそこで久しぶりに笑うことが出来ました。
笑うことが出来たんです。
だから、大丈夫。
これからも、私は私らしく生きていけると思います。
心配してくださった皆様、ありがとう。

そして、お願いです。
日本にいる
私の大切な家族や友人が
いつも幸せで、笑顔でいますように。
私の故郷は日本という国ではなくて
大切な人たちの存在そのものなのですから。

秘密

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