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2014-02-13 23:28 | カテゴリ:日々のこと(日本)
9日夜に祖父が亡くなり、実家に帰ってました。
その日はちょうど、子供たちが祖父のために作ったバレンタインのチョコレートと、お手紙を封筒に入れて郵送する準備をしていた日でした。
渡せなかったチョコレートは、祖父の棺の上に子供たちがお供えしました。

祖父の戒名は「起風院法徳日昊居士」。
その名の通り祖父は世の風を感じ次々と新しい事業を手掛け、風のように飄々と自由に生きた人でした。家族や家にも執着せず、本当に「自由」。ある意味問題児(笑)孫に甘い世間一般のおじいちゃんとは違って、私は遊んでもらったこともないし、お誕生日を祝ってもらったこともなかったけれど、そんな祖父がとても面白くて、私は好きでした。祖父が海に散歩に行くときや裏山に行くときは勝手について行って、私が一方的に学校のことなどを話すのを、祖父は笑って聞いていました。お正月には一緒に居間の囲炉裏でお餅を焼きました。
私の旦那様のことが何故かとても大好きで、私が実家に帰ると、「●●くんは来ないのか?今どんな仕事をしているのか?」と、旦那様のことばかり聞いてきました(笑) 私が旦那様と結婚したことが、最大のおじいちゃん孝行だったかも。


本当に元気なおじいちゃんで、80歳を過ぎても都内に一人暮らしをして働いていたし、梯子に登って高い木の枝を切ったりしていました。亡くなる数か月前くらいまでは自転車で散歩もしていたのに・・・。祖父は絶対に100歳までは生きるだろうと確信していたのに・・・。

でも、そんな祖父も息子である私の父の死はとてもショックだったようで、そこから一気に老け込んでしまいました。最後に会ったのは年末でした。その頃はもうあまり外出もしなくなっていて、家の中でボーっとテレビを見ていた祖父の小さな背中に話しかけると、弱々しく「おう、来たのか。」と言い、会話の最後には「あ~・・・●●(←私の父の名前)が死んじゃったからな。寂しいな」と・・・。
「寂しい」とかそういう単語が似合わない祖父の口から、そういう単語が出ることが、なんだかとても辛くて、私も寂しくなりました。それが、最後の会話でした。

棺の中の顔は、今まで見たことのないくらいに「おじいちゃん」になってしまった祖父の顔で・・・悲しかった。ショックでした。

でも、きっと今頃
祖父は天国で父に再会していることでしょう。それはちょっとうらやましくもあり、よかったと思います。

それにしても、なんか、もう何年もずっと喪中が続いています。毎年大好きな人達が一人また一人と天国へ行ってしまいます。それだけ自分が年をとったということなんでしょうね。
こうやって段々と人は死に近づいて行くのでしょう。でも、小さいころは「死」は怖くて避けたいものだったけれど、今は違います。いつか自分が天寿を全うして天に召されたとき、父や大好きな人達が待ってくれていると思うと、それはもう、私にとって「生きがい」です。死後の世界が「生きがい」って変だけど、でも確実にそれは私にとってもはや「生きがい」の一つなのです。いつか天で父や祖父に会うために、私は今を一生懸命生きています。

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